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小金沢連嶺(Web復刻版)

1. 序

 南大菩薩、小金沢連嶺に登ったのは、私が中学2年の時である。丹波の小菅沢から、大菩薩峠を越え、石丸峠を経て嵯峨塩鉱泉まで、秋雨に濡れつつテントをかついでの2泊3日の山旅であった。

 以来、四季折々に登った小金沢の山々は、広い尾根筋に、日本庭園の如く近景にジゾウカンバ、遠景に富士を配し、私を魅了し続けてきた。

 そして10年前、小金沢の秀峰滝子山の麓に山小屋を建てました。その当時は、登山者も少なく、薪の需要も減り、山仕事に入る人もなく登山道は荒れていた。

 たまに、登山者に会うと嬉しくて、お茶をいれ、山の話をしたものです。

 最近は、「日帰りできる荒らされていない山」として、登山者の数も増えたが、詳しいガイドブックがないため、途中で諦めて下山してくる人も多いようである。

 特に、昭和57年の台風の直撃を受け、多くの登山道が流され、道に迷う人が多くなったので、昭和59年に、登り専用の寂惝尾根を開設しました。

 これからも、この周辺の登山道の整備を続けたいのですが、人手不足でなかなか思うように進まない。協力していただける人は、声をかけて頂きたい。

 この度、「山小屋を造る会」のメンバーによって、この簡単なガイドブックをつくることになりました。今後とも、内容を充実させたいので、登山情報を寄せてください。寂惝苑も、梁山泊、寂石庵と3棟になり、宿泊も可能になりました。お茶を飲みに、お立ち寄りください。

宮内 隆輔

2. 小金沢連嶺鳥瞰図

3. 登山案内

3.1 滝子山


滝子山概念図

 「滝子山」標高1590mは、その名の通り南側に多くの滑滝を持ち、四季を通じて手軽に楽しめる山である。

 東京からも、中央高速バスを利用すると1時間30分位で、笹子に着くことが出来る。

 ルートは、笹子、初狩、寂惝尾根コースとある。すこし厳しいが、標高差1000mを一気に登る寂惝尾根コースが面白い。

A 初狩コース(初級 健脚向 約4時間)

コースタイム

 初狩の駅から、甲州街道を左に、藤沢入口の信号を右折し、藤沢集落の外れにある子の神社を過ぎ、道標を左の松林に入る。藤沢は、富士見沢と呼ばれるほど富士山がよく見える。沢沿いの道を暫く歩き、ジグザグの急登を越えると桧平尾根に出る。桧平はよく踏まれた尾根道で、春はツツジ、シャクナゲが咲く。つつじヶ丘から一段と急な登りを一気につめると、大谷ヶ丸から来る道と合流する尾根に出る。

 水場は5分ほど下った鎮西ヶ池で補給できる。尾根を左にとると、5分位で三角点のある頂上に着く。現在、測量用のヤグラが組まれている。

 更に5分位幾つかのコブを越すと、滝子山頂上である。頂上からは360度の展望が望め、南に三ツ峠を配した富士山、北に小金沢連嶺から大菩薩峠、更に北東に奥多摩の山々を配し、目を南西に転ずれば笹子峠から南アルプスの山々が望める。

 眼下には中央高速道路、中央線、甲州街道が平行して走り、笹子、初狩の部落が、マッチ箱のように並ぶ。

 滝子山の頂上を更に進むと、左に寂惝尾根ルート(下山には向かない)の分岐があるが、更に直進する。杉の樹林帯に大鹿沢まで一気にくだる踏み跡(テープマークあり)があるが、山に慣れた人以外には勧められない。

B 笹子造林小屋コース(初級 健脚向 約4時間)

コースタイム

 笹子駅から甲州街道を新宿方面に戻り、吉久保入口のバス停を左折し、更にしだれ桜のきれいな稲村神社を左に進むと、中央高速道路(中央高速バスを利用すると新宿から1時間半位)がある。この歩道橋を渡り更に大鹿橋を渡る。寂惝苑、寂惝尾根を右手に、堰堤を左下に見ながら林道を進むと、車道の終点になる。ここが、大鹿峠との分岐点である。

 大鹿峠への道は荒れていて、夏場は道に迷うことが多いので気をつけたい。右の河原に一度降り、更に直登すると、古い木ゾリ道に平行した登山道が続く。ここからの沢は、幾段もの滑滝が、新緑、紅葉に映えて、実に美しい場所である。

 切石から曲沢峠への道を抜けると、造林小屋に着く。小屋の裏手から唐松の林のジグザグ道を直登し、熊笹をかき分けて行くと、大谷ヶ丸への分岐に出る。現在、造林小屋がある所を右へ道をとる。春にはタチカメバソウ、エンレイソウの大群と出会う。更に進むと、鎮西ヶ池につく。ここの水は、飲料水として十分に使える。

 鎮西為朝の歴史を書いた説明板を右手に最後の急坂を登ると、初狩コースと交叉する尾根にぶつかる。

 更に右に進むと頂上である。一番手前が1590mの三角点であるが、必ずしもここが最高点ではないので更に進むと、景色のいいピークにでる。


エンレイソウ

C 寂惝尾根コース(中級 健脚向 約4時間)

コースタイム

 このコースは昭和59年に寂惝苑の人々の手で開拓された、登り専用ルートである。

 大鹿橋までは、笹子コースと同じである。寂惝苑入口の看板から20m進むと、左手に道標があり、右手に踏み跡がある。それを登ると、右手に寂惝苑を見ながらの快適な登山道が続く。峰の山めがけて直登すること30分で、峠の十字路に出る(道標あり)。直進すると滝子沢、右へ行くと峰の山。滝子山へは左手の尾根を直登する。

 ここからは、頂上まで700mを一気に、急勾配でガレ場もあるが、灌木を頼りに慎重に登る。

 振り返ると鶴ヶ鳥屋山の向こうに富士山が見える。

 尾根を外れず、浮石に注意しながら、ひたすら登ると、疲れも吹き飛ぶようなコイワカガミの大群に出会う。何度か前衛峰に騙されながら登ると、突然滝子山のピークに飛び出す。

 このコースは、新道のためガレ場、浮石が多く、危険なので単独行は避けたい。また、水場は、寂惝尾根の分岐の10m先にあるアザノ沢で補充すること。あとは鎮西ヶ池までない。


コイワカガミ

3.2 笹子峠周辺


笹子峠周辺概念図

 新笹子トンネルが開通するまで、峠は甲斐へ抜ける交通の要所として賑わったが、今は、歴史を秘めて静かに杉木立の中に眠っている。

 峠から裏街道の大鹿峠までは展望のよい尾根道であるが、ヤブが多く、迷い易いので注意しなければならない。

 入道山へのルートは、山に慣れていない人には事故のもとになるので、2人以上もしくは下山路として利用するのが賢明である。

A 笹子峠コース(初級 健脚向 約3時間)
笹子雁ヶ腹摺山へ

コースタイム

 笹子駅から旧甲州街道沿いに、笹子峠に登るのが一般的だが、新街道との分岐点からの直登も面白い。直登ルートは、追分から墓地の所を送電線に沿って山に入る。東側は皆伐、西側は杉の樹林の境界尾根を一気に頂上まで登ると、1357.7mの三等三角点の頂上へでる。低山であるが、滝子山に劣らない景観に疲れもとぶ。

 下山は、東沢から初鹿野へは1時間半、急勾配で所々踏跡がきれるが、構わず沢沿いに下降すれば甲州街道へでる。

 もとの笹子駅へは笹子峠経由で2時間半である。途中、矢立の杉、明治天皇御休所跡等がある。自然歩道を経由し、笹子鉱泉で汗を流すのもいい(入湯料250円)。

 頂上からお坊山、大鹿峠経由で田野鉱泉は、約4時間もかかり、健脚向きである。

 また大鹿沢経由で笹子駅へは約5時間であるが、大鹿峠から滝子山登山道分岐までの踏み跡が不明瞭なので、勧められない。

B 入道山(中級 健脚 約3時間半)

コースタイム

 笹子駅から甲州街道を下り、原部落から滝子山の登山口へ向かう。大鹿沢へ入ると、正面に滝子山、右に峰の山、左に入道山が見える。入道山登山道は流されてしまい、今はない。

 中央道を渡り、竹ヤブの上から一気に鉄塔めがけて登るルートと、暫く沢沿いの道を歩き、ダムの上の伐採と植林の境界線を、やはり鉄塔めがけて登るコースか、どちらでもいい。

 途中、ヤブなど若干あるが、1時間位で鉄塔のある尾根へでる。

 尾根は、鉄塔巡視路であり、お坊山までは快適な山歩きが楽しめる。

 勿論、誰にも会わない。ここから見える滝子山は、どっしりとして圧倒される。

3.3 小金沢連嶺縦走コース


小金沢連嶺概念図

A 石丸峠~湯の沢峠(1日目)

コースタイム

 石丸峠までは、上日川峠から1時間30分、大菩薩峠から約30分の歩程である。道も道標もしっかりしているので、ここまでは省略する。

 石丸峠は、草原で牧歌的な雰囲気がある。東に奥多摩、西に日川峡、北へ大菩薩、そしてこれからめざす小金沢への道との十字路である。

 各コースと分かれ南へ進むと、30分位で狼平へ着く。ここから森林帯に入り、ヤセ尾根を歩き、約30分で小金沢の頂きに着く。眺望は悪いが、2014m、この縦走路では最高地点である。

 さらに、30分程尾根を進むと、牛奥の雁ケ腹摺山にでる。途中、展望は開け、八ヶ岳、南アルプス、富士山、秩父連峰が望める。少し下ると草原へでる。

 そこから、樹林帯の1時間の登りとなる。ここは、モミ、ツガの天然林で、特にコメツガ、イヌモミの林が美しい。

 黒岳頂上の手前で、東へ大峠の道に分かれるが、余程のことがない限り、逃げ道として使用しないよう、もう少し頑張って、湯の沢峠からの方が便利である。黒岳頂上は木立に囲まれて、展望は得られない。頂上から一旦下がって、カエデの巨木が群生している緩やかな鞍部から少し登ると、明るく開けた白谷丸の草原が広がり、眼下に湯の沢無線中継所のアンテナ塔が見える。湯の沢峠までは、車が入る。

 峠の無人小屋は、宿泊が可能で水場もある。天気がよければ、峠でキャンプするのもいい。

B 湯の沢峠~滝子山(2日目)

コースタイム

 湯の沢峠までは、初鹿野駅からタクシーで入るとよい。土、日は、駅で相乗りをすれば安いし、峠の小屋まで入ってもらえる。

 湯の沢峠から大谷ヶ丸までは、草原と灌木が交互にまじる。日本庭園を偲ばせるなだらかで広い稜線である。草原の湯の沢峠から南への尾根を辿り、ヤブを抜け、ピークを二つ越え、林の中を少し急登すると、広い山頂の1781mの大蔵高丸である。

 草原を下り、樹林の尾根を登ると、ハマイバ丸(破魔射場丸)である。登山道標、三角点があるが、うっかりすると見落とす。

 この辺は、巨大な岩、ジゾウカンバ、背景に富士、そしてお花畑と、初夏には珍しいアツモリソウが見られる。

 深い笹原を通って、林の中の緩い登りにかかる途中、2m程の「天下石」という石がある。登り切って樹林帯を下ると米背負峠である。展望のないヤブの中を登ると、双子峰の大谷ヶ丸のピークである。湯の沢から大谷ヶ丸まで約3時間だが、4時間ほどかけて歩くのが楽しい。頂上から左へは滝子山、右手曲り沢峠である。曲り沢峠へは約1時間で着く。峠から田野鉱泉への道がある。

 大谷ヶ丸から唐松の尾根をダラダラ下ると、造林小屋で、笹子からの滝子山登山道と合流する。

 更に直進すると、鎮西ヶ池を経て、滝子山に着く。

 下りは、初狩への道を選ぶのがよい。

4. 沢登り

4.1 滝子沢 右俣(標高差 約1020m)

コースタイム

滝子沢右俣概念図

 小金沢連嶺周辺に存在する沢を中心に、面白い沢登りが幾つか考えられる。滝子山南面を流下する滝子沢は、古くから遡行者を迎えていたが、名を知られている割には、現在も入渓者は少ない。

 滝を相手の、恰好な沢登りなので紹介したい。

 中央線の初狩駅を下車、甲州街道に出て、甲府方面へ約3km程進むと、中央線のガードがある。ガードをくぐり暫く行くと、小さな橋がある。橋を渡ると、YKK室内建具の看板があり、右手の道を、中央線のガード下めざして入って行けば、自然に滝子沢に通じる林道(作業道滝子沢線)に出る。

 少し歩くと、左手に工事現場のプレハブ倉庫がある。この林道は、約1km程歩くと行き止まりとなる。初狩駅から約4.3km、ここまでは車でも入れる(この地点の標高は720m)。

 林道終点より山道に入る。山道入口に青色の標識があり、「右 山道 左 権現山」と書いてある。滝子沢へは、右の山道を30分程歩くと、自然に沢へ入り、暫く歩くと、標高970m地点に4m程の小さい滝が現れる。右手より巻くことができるが、簡単に直登もできる。

 ここから二俣までは、ほとんど滝もなく、退屈な河原歩きとなる。

 30分程で、標高1100m地点の二俣に着く。ここからようやく沢登りコースらしくなる。

 めざす右俣へ入ると、すぐに階段状の35mの滝だ。続いて2段10m、5mナメと、快適に登る。

 次の4段50mと3段30mは、45度位のナメで、ホールド、スタンス共に乏しく、フリクションで登る。

 暫く進むと、右側から枝沢の入って来る所で、真中にクラックの走っている20mのスラブが現れる。クラックの中には残置ハーケンあり。次の7mハングは、直登も可能だが、右岸から巻くこともできる。

 直登する場合は、右側より中段まで登り、シャワーを浴びて、真中にわたり一気に直登する。

 ホールド、スタンスはともに豊富だがズブ濡れになる覚悟が必要。この後、4mの滝を過ぎると、沢もほぼ終わりとなる。水も枯れ、脆いガレ状になる。ここを登り詰めると、稜線にでる。

 下山は藤沢より初狩へが最短コースである。

4.2 大鹿沢右俣 おそ沢(標高差 約950m)

コースタイム

大鹿沢右俣「おそ沢」概念図

 この沢を遡行するには、国鉄中央線初狩駅に下車するよりは、中央高速バス「笹子バス停」で降りる方が便利である。

 笹子バス停を降りると、高速道路にかかる陸橋がある。これを渡り、右手の林道に入る。

 500m程進み、沢にかかる最初の橋を渡る。橋を渡ると、すぐ林道は左にカーブしており、少し歩くと、右手に曲がる細道入口に、笹子山周辺の案内図の書いてある寂惝苑の立看板がある。

 おそ沢へは寂惝苑より入ることもできるが、分かりずらいので、末端より遡行することにする。

 寂惝苑の標識を右手に見ながら通りすぎると、小さな沢にかかっている橋に出る。この最初の橋の下が、この沢の遡行出発点である。滝子沢もそうであるが、このおそ沢は、遡行者が非常に少ない。

 おそ沢にかかる小さな橋を、沢へ下りる。ヤブが多く、快適とは言いがたい沢を暫く歩くと、5mの樋状の滝F1があらわれる。この最初の滝は、標高740mの地点にある。

 続いて、5mのF2、4mのF3、1.5mの3段のF4、2mのF5と続き、登山道が沢を横切る地点を過ぎると明るくひらけた所にでる。

 ここまでは、特にヤブが多く、いくつかの堰堤があり、快適な沢歩きとは言いがたい。

 この上部に、また堰堤があり、これを越して、ようやく沢登りコースらしくなる。

 まずは、なめ状の滝2mのF6、5mのF7、2mのF8なめ状の滝と続き、標高800mの地点で7mのF9に出る。ここまでは、出発地点から約1時間30分程である。また、暫く歩くと3段20mのなめ、2段7mのF10、5mのF11と続き、標高1040m地点あたりから水が枯れてくる。

 沢は、二股に分かれており、右側に入る。ここから標高1170m地点までは、沢の流れがハッキリせず、コースが分かりずらい。

 標高1190m地点で、この沢最大のスラブ滝F12に出る。

 長さは約100m程の傾斜の緩いスラブであるが、上部からスリップすると止まらないので、慎重に登ろう。

 このあたりは、この沢で最も美しい所である。

 標高1220m地点で、スラブ滝は終了する。

 さらに遡行すると、5mのフェース状スラブ滝F13、15mのハング状の滝で上部がスラブのF14に出る。

 この滝も直登できるが、この後ろの10mのハング状の滝F15は、左側から巻く。

 ここは、沢が二つに分かれており、標高1300mの地点である。

 さらに標高1390m地点まで遡行すると、沢はまた二つに分かれ、右側をつめる。

 この上部に15mのハング状の滝F16がある。

 大きな滝はこれが最後で、後は、稜線まで3mの小さな滝をこすと1540mの稜線に出て、遡行終了となる。

 滝子山の頂上までは約15分程である。帰路は、遡行終了の稜線沿いにある道、寂惝尾根を下るのが一番早く下山できる。

5. 地形 地質 気象 植物

5.1 地形 地質

 小金沢連嶺は、東京より真西に100kmに位置する。大菩薩山系の南の一支脈で、真木、笹子の桂川支流と、多摩源流の小菅川、笛吹川支流の日川に三方を囲まれた、石丸峠から笹子峠までの、南北20km、東西10kmの、狭いなだらかな連嶺である。

 地質学的には、四万十層群の造山活動によって形成されたと推定され、岩層は、主として粘板岩や砂岩に石灰岩を挟み、ところ所で花崗閃緑岩の接触変性作用を受けて、ホルンフェルス化したり、珪化した部分がある。

 地下資源としては、古く戦国時代には武田信玄の隠し金山があったといわれ、明治の頃までは、金山鉱山において、実際、金鉱石の採掘がおこなわれていた。現在は、日川の鞍馬石、笹子川右岸の安山岩の砕石が見られる程度である。

 鉱泉は、小仏層群に接する部分より湧出しており、真木、笹子、金山、田野、橋倉、嵯峨塩など古くから知られているが、すべて沸かし湯で、高温の温泉はない。


ツリガネニンジン

5.2 気象

 太平洋気候に属するが、山地特有の気象変化があり、特に、笹子峠付近は、甲府盆地、関東平野の境にあり、西風、東風ともに上昇気流が発生しやすく、春、秋は霧の日が多く、夏は雷が発生し易い。

 春は、5月にならないと訪れない。里では4月からウグイスが鳴き、笹子駅前の桜は4月20日頃開花するが、尾根の樹木が芽をふくのは5月に入ってからである。そして6月10日頃に入梅となり、霧や雨の日が7月15日頃まで続く。

 春の登山日和は、5月の連休から6月の初旬である。

 小笠原高気圧にすっかり包まれて、安定した天気が続くが、湿度が高く、天気の良い日は、必ず午後には雷が発生し、危険である。尾根は広く、逃げ場がないので、早朝登山を心がけ、午後は歩かないように配慮しなければならない。

 登山日和は、7月下旬より8月いっぱい続くが、8月下旬には、雨、台風に十分気をつけなければならない。台風による鉄砲水で、登山道が流されることがある。特に、東側を北東進する台風は、大雨を降らせる。

 8月中旬になると、アキアカネが飛び、すすきの穂も、秋風を招くかの如く揺れ、山はすっかり秋の気配になるが、9月10月は、霧雨が多く、気候の変化が激しい日々が続く。

 11月初旬、山々は、紅と黄の着物で艶やかに装った後、長い冬眠に入る。北の寒気団より吹き出す北風にさらされ、初霜は山里で10月下旬、初氷は11月初旬である。

 最低気温は、笹子部落で氷点下4度から5度の日が続き、標高700mの山小屋で、氷点下19度を記録した日がある。

 雪は比較的少なく、関東平野で雨か雪が降っている時、同じように降っていることが多い。降雪後10日程たって、雪の安定した後に登山するのが良いが、3月頃、低気圧が本州南岸を通過した場合は、30cm以上の積雪があることが多いので、かなりのラッセルを覚悟する必要がある。また、1000m以上の沢筋は凍結するので、水の確保に十分配慮し、沢登りをする場合は完全な冬山装備を必要とする。

気象データ(笹子部落)
気温 雨量 風速

天気

 晴の日は年間約120日、晴の日が多い月は11月から3月で、平均10日、少ない月は6月で、平均4日である。

 霧の発生は、年平均30日。降雪日は、年平均14日、1月が一番多いが、根雪にはならない。

5.3 植物

 この地方は温帯に属し、1800m以上の黒岳、雁ヶ腹摺山の頂上付近は亜寒帯に属する。

 山里には、西洋タンポポ・スカンポ・土筆が芽を出し、クヌギ・コナラ・杉・檜の林の中にはカスミザクラ・マメザクラ・ヤマツツジ・タマアジサイが可愛い芽を出す。沢筋には、アシが群生し、6月にはニセアカシアが可憐な花をつける。

 小金沢は、ブナ・ミズナラ・イヌブナ・クロブナと樹林帯を形成している。

 広葉樹林を過ぎると、所々に植林された唐松林に入り、モミ・ツガの針葉樹林帯が続く。特に、黒岳は、コメツガ・イヌモミの林が美しい。樹林帯を過ぎると、高原に出る。点在する花崗岩の大岩に、ジゾウカンバを配し、日本庭園を思わせる草原が続く。


ヤブレガサ

 初夏、川筋や登山道の側にヤマユリ、木立の下にはアツモリソウ・カタバミ・ゴゼンタチバナが咲き、ナデシコ・ヤナギラン・コオニユリ・ギボウシ・フシグロセンノウ・マルバタケブキ等が、お花畑を彩る。岩の周辺には、イワウチワ・ヒメイワカガミが咲く。


カタバミ

 8月下旬にもなると、アキアカネが舞い、お花畑の主役は、マツムシソウ・ツリガネニンジン・キリンソウ・トリカブト・ソバナ・センブリ・ホトトギス・リュウノギク・ウメバチソウ等にとって代わられ、ホタルブクロ・リンドウが咲き始めると、樹木は、尾根から次第に色づきはじめる。紅葉の見ごろは11月初旬から3日の分かの日を中心に、前後1週間である。

 きのこ類は、食用できるシメジ・シイタケ・ジゴボウ等、松茸もあると聞いているが、お目にかかったことはない。登山道にはケムリダケが生え、つぶしながら歩くのは、秋の楽しみのひとつである。


ホタルブクロ

6. 歴史

6.1 年表

6.2 伝説

滝子山(笹子駅、初狩駅近く)

 一名「鎮西ヶ丸」とも呼ばれていた。その名の起こりである鎮西八郎為朝は、伊豆大島で、平家の軍勢によって討ち滅ぼされてしまったが、伝説によると、伊豆大島よりこの地に逃れ、老後この山に隠棲したと言われている。

 これを裏書するように、頂上付近に鎮西ヶ池、御菜畑、桜馬場などの地名が残っている。

三日血川(日川)「土谷惣蔵 片手千人斬り」石碑

 甲斐源氏を引き継いだ武田信玄は、天下統一を夢みたが、52歳の若さで病死した。

 信玄の処世訓は、「人は城、人は石垣、人は堀、情けは見方、仇は敵なり」と生涯城を持たなかった。勝頼の時代に移り、天正3年、長篠の戦いに敗れて衰退した。

 天正10年3月、信長、家康の連合軍に攻められた勝頼は、韮崎の城を捨てて、7千の兵と共に大月の岩殿城に逃れようとした。しかし、岩殿城の小山田信成の裏切りばかりでなく、全ての重臣が、離反、逃亡するという、歴史上でも異例な崩壊となり、勝沼を過ぎる頃には僅か200名の手勢となり、田野に入った時には、勝頼主従40数名を残すのみであった。逃げこんだ日川渓谷は、険阻な谷であり、追手5千の兵も、一人ずつ絶壁の谷筋を藤蔓にすがって進まなければならなかった。

 岩陰に隠れていた武田の残党、土谷惣蔵等は、突然姿を現して、片手は藤蔓につかまりながら、片手で太刀を振るって、一人ずつ登ってくる敵を、斬っては谷底に蹴落としたという。

 その数、千人に及び、日川は、3日にわたって血の流れになり、三日血川と呼ばれるに至った。勝頼は天目山で自害して果て、武田は滅亡した。






「小金沢連嶺ガイドブック」
発行日 1987年2月
発行 山小屋を造る会
代表 宮内 隆輔
編集責任者 最上 勉
編集 石川 陽子
協力 荒川 昭子(登山案内)
岡坂 準一(沢登り)
表紙 最上 勉
Web復刻版作成 2021年2月
小山 智史(koyama88@cameo.plala.or.jp)





Web復刻版について

 「小金沢連嶺ガイドブック」という小冊子は、中央線笹子駅にほど近い小金沢連嶺に魅せられた宮内隆輔氏を中心に、数名の有志により1987年にまとめられたものです。文章の端々から、この山域の魅力が存分に伝わってきます。ただし、30年以上前にまとめられたものですので、ガイドブックとして利用される場合は参考程度にご覧ください。

 私もこの山域の魅力にとりつかれた一人で、初めて滝子山に登ったのは1972年のことです。宮内さんとほぼ同時期にこの辺りの山々を訪れていたことになるのですが、出会ったのは随分後のことでした。

 復刻版の作成にあたり、若干の字句修正を行いました。

 なお、「寂惝尾根」の名前の由来についてですが、宮内氏が敬愛する大木惇夫の詩「寂身惝憬」から二字をもらい「寂惝」としたとのことです。

小山智史