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![]() 1中のkenzoくんが、2中の傍にあった肉屋さんのカレーコロッケを話題にするとは驚きです。浜田小学校と2中の間に新井田川が流れ、2中の北側の一帯は、当時確かに田んぼでしたね。浜田側から細い橋を渡ると、まずは右側に資源開発の社宅がありました。詩人の吉野弘は元々資源開発の社員だったと聞いたことがあります。それはともかく、突き当りの2中までの通りの中ほど左側に、その肉屋さんがあったと記憶しています。地図でいうと、東栄町Bの12辺りですかね。 カレーコロッケは味の記憶としてしっかり脳裏に残っています。肉かなと思うのはジャガイモの皮だったりしても誰も文句など言いません。揚げたてでカレー味というだけで十分至福の時でした。ちょっと小ぶりのコロッケは、中学生のお財布を考慮してか5円というリーズナブルなお値段でしたね。 |
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酒田1中時代の卓球部は無敵でした。 桜井、晴雲、謙三、そして工業高校にいった斉藤光昭。 県優勝は出来なかったけれど、酒田飽海ではダントツ、ライバルは鳥海中ぐらいでした。 中学時代の卓球の大会は ほぼ2中で行われていました。 2中遠かった。裏はほぼ田んぼなんです。 まあ、1中だって裏は松林だし、人のことは言えませんけど。 まあ、そんな話はどうでもいいんですが、2中での試合の時に楽しみだったのが、 近所にあった肉屋のコロッケを食べることだったんです。カレーコロッケ! どのあたりだったかな〜と思って、昭和37年の航空写真を見たら、2中の廻り何もねえ! もう一回言います。2中の廻り何もねえんです! 2中出身者、あのコロッケ屋というか肉屋憶えてますよね? |
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撞球場ありました。確か入り口のガラス窓だったか、ビリヤードのキューをクロスさせてそこに玉を置いた 、ちょうど※のようなデザインではなかったでしょうか。二三年上の先輩が出入りしていました。 その他懐かしいところでは中町のぜんにもん化粧品店の中だったか隣だったか、確かパーラーコマツ、といいましたか、そこで小さなピザを出していたことです。酒田でピザが食えると言うことで行った記憶があります。 |
![]() > 地図をよく見てください。若竹町じゃないですよ。実線で区切られていますよね。 > 入船町、最上川河川敷にあった港南錬馬場です。 なるほど!そういうことだったんですね。謎が解けました. 座敷あらしさん、ありがとうございます。あやうく「ま、いっか」で終わらすところでした。 「若竹町競馬場付近」の表記だと、若竹町に競馬場があったと思いますもんね。 「若竹町・競馬場付近」の表記にしなければいけません。 確かに、光ヶ丘競馬場は昭和2年のオープンだから、時代がだいぶ違います。 この競馬場は、今の光ヶ丘競技場の北側、高砂寄りの松林を伐採、整備して造ったんですね。 また昭和37年の航空写真を見ると、宮野浦渡船場近くの この最上川河川敷にトラックの跡のようなものが窺えます。 広さからいっても、時代背景に鑑みても、ここは競馬場ではなくて、 座敷あらしさんが言うように、軍用馬の錬馬場だったのかなと思われます。 高校時代(昭和45、46年頃)この辺りまではよくランニングしていましたが、 当時は渡船場はありましたが、馬場の面影はありませんでしたね。 隣、今の酒田市体育館は、そのときは3中だったんですね。 それから、以前この掲示板でも話題になった「ローラースケート場」の場所もsakata1964さんのブログで確認できました。 うれしい。子供の頃は、すごく遠いところだったように思っていましたが、意外と町の中心にあったんですね。 遊技場といえば、本町の西のはずれに「撞球場」(ビリヤード屋さん)があったのを憶えてますか? 木造の建物で、台は2台あったと記憶しています。 高校時代、何回か行ってると思います。ん?卒業してからか?そのへんは曖昧。 健全というより、何となくヤクザな雰囲気が漂っていました。 |
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地図をよく見てください。若竹町じゃないですよ。実線で区切られていますよね。 入船町、最上川河川敷にあった港南錬馬場です。 |
![]() やっぱり私の記憶は、確かだったですね。 ただペンギン印アイスクリームは、あんまり美味しくなかった記憶です。 どちらかというと、雪印や森永のものを食べてましたね。 そういえば、昔のアイスクリームボックスは写真のような箱で、ドライアイスで冷やしてましたよね。 丸い蓋を回して開けて、中のアイスを手でほげで、好みのアイスを探す方式でした。 あれこれ迷っていると、駄菓子屋のオバチャンに「アイス溶げっさげ、早ぐ決めれ!」 と怒られました。 バナナバーの2連(ダブル)のやつを、量が多いので好んで食べていました。 味も憶えてます。 |
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> > 『光丘文庫デジタルアーカイブ』面白いよね。 > > > > 更にもうひとつKenzoくんに紹介したいサイトが > > 『あなたの知らない過去の酒田(Unknown Old Sakata)』です。 > > > > 開設者は不明ですが、名前からみると1964年生まれの方でしょうか。これぞ酒田のフォークロアというべき良質な内容で、酒田民俗学研究会の方かな〜と想像しています。 > > このサイトを見つけたきっかけは、津島佑子の小説『狩りの時代』で触れている「ヒトラーユーゲント」について調べていくうちに、このサイトに辿りついたということです。(昭和13年9月5日に酒田駅にも一行30名が9分間滞在したそうな。) > > > > さて、Kenzoくんが好きそうな記事は、「ペンギン印アイスクリーム(19/10/20記事)」、「港座でボクシング(19/01/05記事)」、そして若竹町ではなく「光ヶ丘競馬場(19/01/26記事)」ですかね。それから、「酒田におけるスペイン風邪(20/02/29記事)」も時節柄、貴重な内容といえそうです。併せて『光丘文庫デジタルアーカイブ』の「酒田市史年表」や「地図」を参考にすれば、更なる歴史的臨場感を以て理解できることでしょう。 > > > 泣きました、うれしくて。 > しん君、ありがとう! > > いや〜、どれもこれも興味深いものばかりです。 > このブログの開設者は、若いのにすごいですね。 > > こういうピンポイントの情報や知識は、ウィキペディアでは絶対調べられないものですからね。 > > 若竹町の競馬場は、光ケ丘だった? > ではあの地図は何なのか? まだ疑問は残りますが、ま、いっか…。 俺は泣きはしなかったけど、嬉しくて嬉しくて! 超優れもの、だの!! |
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> 『光丘文庫デジタルアーカイブ』面白いよね。 > > 更にもうひとつKenzoくんに紹介したいサイトが > 『あなたの知らない過去の酒田(Unknown Old Sakata)』です。 > > 開設者は不明ですが、名前からみると1964年生まれの方でしょうか。これぞ酒田のフォークロアというべき良質な内容で、酒田民俗学研究会の方かな〜と想像しています。 > このサイトを見つけたきっかけは、津島佑子の小説『狩りの時代』で触れている「ヒトラーユーゲント」について調べていくうちに、このサイトに辿りついたということです。(昭和13年9月5日に酒田駅にも一行30名が9分間滞在したそうな。) > > さて、Kenzoくんが好きそうな記事は、「ペンギン印アイスクリーム(19/10/20記事)」、「港座でボクシング(19/01/05記事)」、そして若竹町ではなく「光ヶ丘競馬場(19/01/26記事)」ですかね。それから、「酒田におけるスペイン風邪(20/02/29記事)」も時節柄、貴重な内容といえそうです。併せて『光丘文庫デジタルアーカイブ』の「酒田市史年表」や「地図」を参考にすれば、更なる歴史的臨場感を以て理解できることでしょう。 泣きました、うれしくて。 しん君、ありがとう! いや〜、どれもこれも興味深いものばかりです。 このブログの開設者は、若いのにすごいですね。 こういうピンポイントの情報や知識は、ウィキペディアでは絶対調べられないものですからね。 若竹町の競馬場は、光ケ丘だった? ではあの地図は何なのか? まだ疑問は残りますが、ま、いっか…。 |
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『光丘文庫デジタルアーカイブ』面白いよね。 更にもうひとつKenzoくんに紹介したいサイトが 『あなたの知らない過去の酒田(Unknown Old Sakata)』です。 https://akumisakata.exblog.jp/ 開設者は不明ですが、名前からみると1964年生まれの方でしょうか。これぞ酒田のフォークロアというべき良質な内容で、酒田民俗学研究会の方かな〜と想像しています。 このサイトを見つけたきっかけは、津島佑子の小説『狩りの時代』で触れている「ヒトラーユーゲント」について調べていくうちに、このサイトに辿りついたということです。(昭和13年9月5日に酒田駅にも一行30名が9分間滞在したそうな。) さて、Kenzoくんが好きそうな記事は、「ペンギン印アイスクリーム(19/10/20記事)」、「港座でボクシング(19/01/05記事)」、そして若竹町ではなく「光ヶ丘競馬場(19/01/26記事)」ですかね。それから、「酒田におけるスペイン風邪(20/02/29記事)」も時節柄、貴重な内容といえそうです。併せて『光丘文庫デジタルアーカイブ』の「酒田市史年表」や「地図」を参考にすれば、更なる歴史的臨場感を以て理解できることでしょう。 |
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> 『光丘文庫デジタルアーカイブ』が面白い! > > 郷土の歴史や文化を知るには、永田町の国立国会図書館に行くしかない私にとって、こういうのが欲しかったんです。酒田市長の丸山至さん、ありがとう。 > > ひとつ紹介すると、今月更新したばかりの「昭和36年の最新酒田市住宅明細図」を見れば、一戸一戸が世帯主もしくは会社商店名で明記してあるので、昔の記憶がかなり蘇り、便利この上ないのです。たとえば私が幼稚園への道すがら、よく覗いていた錠前作りの爺さんのお店は、山王堂町の「佐々木錠前屋」と判明。さらには、小泉和子著の『船箪笥の研究』を紐解けば、一日中坐って黙々と仕事をしていたあの爺さんは、佐々木清一という箪笥金具の名人であると分かり、興味の世界はどんどん拡がるというものです。 > > 人文科学のデジタル化は、次世代への文化遺産に欠かせない事業。大いに結構なことです。 > すばらしい! しん君、このデジタルアーカイブをよく紹介してくれました。これは面白い、大好きですね。 昭和36年、船場町の私の家もありますし、隣の加藤尚人の家(三洋冷蔵)もアオチャンんち(青塚とうふ店)もあります。私の場合は、花園幼稚園に通う道すがら気になってしょうがなかった駄菓子屋さんが、「上林商店」だったと初めて知りました。赤いポストがあって、不二家のペコちゃんの看板があり可愛らしいおばあちゃんが店番をしていた風景が鮮やかに蘇ります。 今は「割烹 八月(はづき)」になっているところです。 町に出ると、グリーンハウス(いまでも脳裏に流れるムーンライト・セレナーデ) 商興クラブ(店前にオウムが飼われていた) 酒田製パン(油紙に包まれたメロンクリームパンが好きだった) ト一屋(二階が食堂になっていて初めてピロシキを食べた) 小袖屋(屋上遊園にサル小屋があった) てぶくろ横町(なぜか爆竹花火を買った記憶が) 懐かしい情景ばかりです。あの時代、まだ高度経済成長の前だったけど、町は人で賑わっていましたね。 不思議なのが、この昭和36年の地図に「若竹町競馬場付近」というのがあって、見ると若竹町に競馬場があったんですね。え〜!マジか〜? まったく記憶になし。 このアーカイブの「地図と写真で見比べる酒田」というインデックスから昭和37年の空中写真(これも面白い)にいけます。それを見て若竹町の競馬場あたりを検証してみても、その痕跡はないんですね。 謎です。誰か覚えている人いますか?教えて! |
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『光丘文庫デジタルアーカイブ』が面白い! 郷土の歴史や文化を知るには、永田町の国立国会図書館に行くしかない私にとって、こういうのが欲しかったんです。酒田市長の丸山至さん、ありがとう。 ひとつ紹介すると、今月更新したばかりの「昭和36年の最新酒田市住宅明細図」を見れば、一戸一戸が世帯主もしくは会社商店名で明記してあるので、昔の記憶がかなり蘇り、便利この上ないのです。たとえば私が幼稚園への道すがら、よく覗いていた錠前作りの爺さんのお店は、山王堂町の「佐々木錠前屋」と判明。さらには、小泉和子著の『船箪笥の研究』を紐解けば、一日中坐って黙々と仕事をしていたあの爺さんは、佐々木清一という箪笥金具の名人であると分かり、興味の世界はどんどん拡がるというものです。 人文科学のデジタル化は、次世代への文化遺産に欠かせない事業。大いに結構なことです。 https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11C0/WJJS02U/0620415100 |
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> アメリカ人も不幸だな。あの二人のいづれかしか選べないのだから・・4年前はトランプとヒラリーのどっちが嫌いか?と言う闘いだったし・あれだけトランプを嫌ったマスコミも、今やトランプの方が日本にとっていいようなスタンスだし・・ > でも中国、ロシア、北朝鮮などなど、選ぶこともできない国よりはましかな? > 品性というもののカケラも感じられないアメリカ大統領選挙。 全世界に恥を晒しただけだったような気もする今日このごろ。 |
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アメリカ人も不幸だな。あの二人のいづれかしか選べないのだから・・4年前はトランプとヒラリーのどっちが嫌いか?と言う闘いだったし・あれだけトランプを嫌ったマスコミも、今やトランプの方が日本にとっていいようなスタンスだし・・ でも中国、ロシア、北朝鮮などなど、選ぶこともできない国よりはましかな? |
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50〜60年代の洋楽は遠出の時に車の中でよく聴いていて、中学生だった娘「スタンド・バイ・ミーとか○○ちゃんと普通に歌えちゃったよ(爆笑)」 親「・・・。」 本題とズレた斜め下側からのコメントですいません。 回収の日に古新聞を持って歩くのが辛くなったという理由だけで新聞を止めたのが2年前? 3年前? 昔は「新聞をとっていないなんて人間じゃない」くらいに思っていましたから、今は、まあ、その様に。 その少し前から紙の本を手にする事もあまり無くなっていました。拡大して読むことが出来るデジタル本は、目が怪しくなってきた身には有難いだけでなくて、定価が紙の本より少しお安い。しかも、ポイントやバーゲンなどの値引きもあって信じられない¥だったりします。そして身の回りのモノが増えない。 お休み前のひとときのお供だったのですが、そのうち、その時間は自分で文字を読むこともせずにポッドキャストを聴くようになりました・・・ところが。最近、条件反射のように寝入ってしまうのです。秦が建国されないまま、何週間経ったことやら。 |
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> 最近コマーシャルで聴いて、大好きな大滝詠一を懐かしんでいましたが、 > この曲、これがなんと別人のカバーなのです。 > > 歌まねの域を超えています。 > どう聴いても本人としか思えません。 > 大体どこかでちょっと違いとかがわかるんですが、 > Sammy Koiwaさん、まったくわかりません。 > 大滝君は、Sammyのこと知ってたかな。 > > もし知らなかったらぜひ聴いて欲しかったですね。 > 多分苦笑いとは思うけど。 自分で返信もなんですが、好きな「ペパーミントブルー」、これは本人との違いはわかります。 でも、大滝詠一の世界観をけがすことないsammyさん、すばらしいと思います。 たぶん、大滝氏は、50年代、60年代のアメリカンポップスが好きで、その影響を受けているんでしょうね。 ビートルズの前ですね。山下達郎もそう。原点はそこからですが、そこからの彼ら独特の展開とアレンジがいいと思います。 大滝も山下もオタッキーで変なヤツだけど、アタシャ超好きなんです。 オシャレなコード進行と声、歌い方としか言いようがないんですけどね。 https://www.youtube.com/watch?v=kFZFykAO4NE |
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最近コマーシャルで聴いて、大好きな大滝詠一を懐かしんでいましたが、 この曲、これがなんと別人のカバーなのです。 歌まねの域を超えています。 どう聴いても本人としか思えません。 大体どこかでちょっと違いとかがわかるんですが、 Sammy Koiwaさん、まったくわかりません。 大滝君は、Sammyのこと知ってたかな。 もし知らなかったらぜひ聴いて欲しかったですね。 多分苦笑いとは思うけど。 https://www.youtube.com/watch?v=B-WU9Q-6Rlw |
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最近コマーシャルで聴いて、大好きな大滝詠一を懐かしんでいましたが、 この曲、これがなんと別人のカバーなのです。 歌まねの域を超えています。 どう聴いても本人としか思えません。 大体どこかでちょっと違いとかがわかるんですが、 Sammy Koiwaさん、まったくわかりません。 大滝君は、Sammyのこと知ってたかな 。 |
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神奈川新聞に骨のある新聞記者・石橋歩さん(誤) 神奈川新聞に骨のある新聞記者・石橋学さん(正) ※いつものケアレスミス。すみません。 |
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kenzoくんが紹介したデモクラシータイムスはわたしも時々拝聴します。ただ、今回の佐高先輩の「奥羽越列藩同盟から先に寝返った秋田藩への恨み云々」は言い過ぎですね。その手の論理で言うとお膝元の新庄藩をも批判の対象になっちまうからね。秋田藩は元々外様大名でそれが当然の選択だったはずですし、それよりも恨み辛みを残さず仲良く付き合ってきたこれまでの東北の歴史を尊重しなくっちゃあ〜ね。 ところで、わたしは週に二日ですが、菅さんの地盤(横浜市南区)で仕事してます。菅さんの後援会の会員さんがごろごろ居て(もちろんいい人ばかりなのですが)気軽に菅さんの悪口が吐けなくていつも窮屈な思いをしています。ところが最近、お膝元である神奈川新聞に骨のある新聞記者・石橋歩さんの存在を知ったところです。菅さんの功罪の「罪」を的確に糾弾した筆力は大したもの。ようやく留飲を下げているところです。 |
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先輩、そこまで言わなくていんじゃね?と思うけど。 まあそれはさておき、先輩、血色いいよね。 よっぽど、安倍が辞めてうれしいんだろうね。 始まって、47分くらいから自説絶好調になります。 今度、卓球勝負申し込もうかな? https://www.youtube.com/watch?v=BZRwKTR01GY |
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