酒東47会(宝物殿)


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Re: 日本の未来はひとえに円安是正にかっかっている
晴雲 2022年05月29日(日) 11時37分
 

(つづき)
異次元緩和が始まった背景などについて、ポイントだけを示そうと思いましたが、やはりここは重要な史実ですので、拙著『だれも書けなかった円安誘導政策批判』(大学教育出版、2019年)から引用することにしました。かなり長くなりますが我慢してください。
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白川総裁は円安誘導のための金融緩和に必死に抵抗したが。。。
 12年に入り、ドル/円相場は75円という節を割り込むことはなかったが、方や80円台を回復することもなく2カ月余りが過ぎた。この間1月25日に米FRBが超低金利政策を14年終盤まで続けることを決め、長期的な物価目標を2%と表明すると、政府・与党から日銀に対して一段の金融緩和を求める声が強まっていった。
白川日銀総裁はこうした圧力を受けて2月14日、追加緩和策を決めた(バレンタインデー緩和)。その内容は資産買い入れ等の基金を10兆円増額し65兆円とし、「中長期的な物価安定の目途」として公表することも決め、消費者物価指数の前年比上昇率で「当面1%」とした。この決定を受けドル/円相場は上昇に転じ、レンジの上限だった80円を突破して3月15日には84.18円の高値を付けた。しかし、何度か85.00円突破をトライしたが85.00円の壁は厚く、その後は再び下落基調となり80円割れ、半年後の9月13日には77.13円まで下落した。
 白川前日銀総裁が著した758ページにも及ぶ渾身の著書『中央銀行』(東洋経済新報社、18年)は、超円高に対して金融政策を担う日銀は勿論のこと、政治と経済がどう対応したかを知る上で貴重な資料だ。それを読んでも2月14日の追加緩和は、白川日銀が1ドル=75円割れを阻止しようとする政治の圧力に抗しきれず、ついに屈服した決定だったと判断せざるを得ない。政治VS日銀の前哨戦は09年から既に始まっていたことを、白川氏は以下のように告白している。
「企業経営者や政府・政治家、マスコミが日本銀行に対して求めていたのは、直接的に円高傾向に歯止めをかける、あるいは円安方向に誘導することを目的とした金融政策であった。(中略)少なくとも、金融緩和に直接的な円高抑制効果があるかのように強調することはしなかったが、マスコミやエコノミストが直接的な効果を宣伝した際に、やむをえないと割り切った時もあった。特に、2009年12月に固定金利型の共通担保資金供給オペを導入した時や、10年10月の『包括緩和』の導入の際には、そうした判断要素が他の金融緩和措置を決定した時に比べて相対的に大きかったかもしれない」(458ページ)
 12年になるとこうした圧力はエスカレートしていったのだが、直接の当事者である白川日銀総裁がどう感じていたのか、ご本人の言葉を聞いてみよう。
「国会の委員会でも与野党を問わず多くの議員から『日本銀行はなぜインフレーション・ターゲッティングを採用しないのか』、『なぜ、もっと積極的な金融緩和策を実行しないのか』と激しい批判を受けるとともに、政府との間で政策協定(アコード)を締結することを求められた。その過程では、もし日本銀行が大胆な金融政策を採用しない場合には、日本銀行法の改正を行うという恫喝的発言が繰り返された。私が国会の委員会に参考人として呼ばれる日数も際立って増え、12年2月は9日にものぼった。委員会では、私の答弁中、議員からのかつてないほどの激しい野次が飛び交っていた」(529〜530ページ)。
 2月14日の追加緩和が政治の圧力に屈した決定だったと判断されるのは、2月20日の白川総裁会見でも確認できる。「このところ内外経済に明るい兆しが出始めていることも見逃せません。欧州債務問題を巡る国際金融資本市場の緊張は、昨年末頃に比べると幾分和らいでいます。米国経済では、バランスシート調整の重石はあるものの、このところ雇用情勢などに改善の動きがみられています。国内に目を転じても、公共事業と民間需要の両面で震災復興関連の需要が動き出していますし、昨年の震災後の支出抑制の反動もあって、このところ個人消費が底堅さをみせています」と、超円高であっても日本経済自体はしっかりしていることを強調していたからである。つまり、追加緩和の必要性は円高阻止以外には全くなかった訳で、為替を金融政策の目的としたくなかった白川総裁が、日銀の独立性だけは死守しなければならないとの強い決意の下での苦渋の決断だったのである。
白川氏の日銀総裁時代(08年4月〜13年3月)は円高が進行し、「超円高」と言われた時代と完全に一致することから、為替に対して直接責任がある訳ではないが、日銀総裁という立場で円高をどのように捉えていたか、そして緩和強化とグローバルな金融市場との関係をどう見ていたか、氏の発言から確認することができる。
「円高は長い目で見て交易条件改善を実現、直接投資の採算にもプラス」(09年1月22日)
「円高は短期的にはデフレ的圧力だが、中長期的には経済を押し上げる力もある」(09年9月17日)
「金融面での不均衡の蓄積に目を配ることも忘れてはならない」(09年12月24日)
「緩和長く続くと、景気の不均衡もたらして大きなショックをもたらさないかが大事な論点」(10年4月7日)
「円高は経常収支黒字で純債権国であることも一因。円高は短期的に企業マインド悪化、長い目では交易条件改善などの面ある」(10年9月8日)
「経済不均衡評価のため、中銀は独立している必要」(10年10月13日)
「為替レートの伸縮性を欠く場合、経常収支不均衡の調整を遅らせる可能性」(10年11月4日)
「金融・為替政策のグローバルな波及経路を意識する必要。円高はやや長い目で見て、日本の実質所得増加につながる効果も」(10年11月29日)
「日銀も量的緩和採用時に円キャリーの輸出と批判された」(11年2月7日)
「円高が交易条件悪化を一定程度相殺している面ある」(11年2月15日)
「現在の円の水準は日本経済にとって追加的なリスクファクターとはなっていない。世界経済や国際金融市場の不確実性高まれば円がさらに買われる可能性」(11年3月1日)
「円の上昇はキャリートレードの巻き返し」(11年4月15日)
 白川氏は『中央銀行』の中で「円高論者」でも「円安論者」でもなかったと断っているが(456ページ)、以上のような発言から、円高論者ではないにしても、円高のメリットを語り金融緩和から生ずる円安による不均衡造成に懸念を示していたことが分かる。少なくとも円安志向ではなかった。そんな白川総裁の姿勢が気にくわなかったのだろう、世間の白川バッシングは強まる一方で、11年半ばからは筆者が注目した発信は見受けられず、総裁退任まで円高については硬く口を閉ざしたようだ。
白川総裁は『中央銀行』の中で「日本では為替市場介入の権限は中央銀行にはなく、政府(財務大臣)に属している。為替介入が行われる度に、新聞等に『政府・日本銀行による為替市場介入』という見出しが躍ったが、正確には『政府による為替市場介入』である」(451ページ)と断っているのは、ご本人が日銀総裁時代に苦々しい思いでいたであろうことが窺われる。「国民の平均的な声が反映されるはずのマスコミ世論も円高に対する悲鳴一色になるのは日本の悲劇だと思う」(446ページ)のは、私も同感だ。
超円高の責任を日銀に被せて政権奪取
ドル/円相場が12年3月15日の高値84.18円から下落し始めると、1万円超えだった日経平均株価も連動して円高・株安の様相を強くしていった。また、それまで堅調だった景気も息切れし政府は8月から11月まで4カ月連続で景気判断を引き下げた。そんな中、6月26日に消費増税関連法案が衆議院で可決されたが、与党・民主党から大量の造反が出て民主党が分裂状態になると、その頃から政権党である民主党は国民の支持を失っていった。追い込まれた野田首相は8月8日、自公党首に「近いうち」の衆院解散を表明して8月10日に増税法案が成立、漸く11月16日解散ということになった。
そこで野党第1党だった自民党が争点にしたのが、円高是正策=大胆な金融緩和だったのだ。日銀は2月14日の追加緩和に続いて、4月27日、7月12日、9月19日、10月30日、12月20日と、12年だけで6回連続して「資産買い入れ等の基金」を101兆円まで拡大するなど緩和を強化してきた。しかし自民党はそれでは不十分だというのだ。自民党は2月14日の追加緩和が一時的にせよ円安誘導に効果があったことに着目、欧米の緩和が続く中でもそれよりスケールの大きい大胆な金融緩和策を打ち出せば円安誘導に効果があると確信したようだ。
白川日銀総裁は元より為替を目的とした金融政策には反対である。白川氏は当時の安倍自民党総裁の姿勢を以下のように厳しく批判している。
「当時野党党首であった自民党の安倍晋三総裁は選挙中、かなり過激な表現を使って日本銀行に対し大胆な金融緩和の実施を要求するとともに、具体的な為替レートの水準に言及しながら円安誘導発言を行った。(中略)私の記憶では、先進国で中央銀行の金融政策運営がこのような露骨なかたちで選挙の争点となったことはなかった。そうした例がなかったというより、これまでは『金融政策の政治化』を避けるというのが政治の知恵だった。それが突然吹き飛んだ」(『中央銀行』548ページ)。
そして12年12月26日に第2次安倍政権が発足すると、早速13年1月22日には「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について」共同声明が発表されることとなった。その声明文の作成に当たっては、白川総裁は日銀の独立性を守るため、並々ならぬ決意と強い意志を持って臨んでいた。
「目標物価上昇率は2%としたが、無条件でこの数字を掲げることは拒否し〜」(『中央銀行』556ページ)「日本銀行は2年という期限を設定して2%目標を達成するという金融政策を行うことだけは絶対に受け入れられないという立場で臨んだ」(同、556ページ)「これは日本銀行として絶対に譲歩できない〜」(同、557ページ)「何としても回避する義務があり〜」(同、557ページ)「共同声明は『2年、2%』を要求する凄まじいまでの圧力の中で〜」(同、557ページ)「共同声明公表前の3カ月ほどの間は、金融政策論議の政治化という先進国では通常考えられないような異常な状態であった」(同、558ページ)。
共同声明発表後も安倍首相の暴走は、以下のように続いた。
「国会の委員会では多くの質疑が行われた。〜政府サイドからは『デフレは貨幣的現象である』という、文書では一切使われていないことばがしばしば使われた。たとえば、安倍総理は2月7日の衆議院予算委員会において〜安倍総理からは『目標達成は日本銀行の責任である』という発言が繰り返された。これに対して私は〜共同声明の文章の表現を正確に引用しながら発言するように心がけ、『2年』などの具体的な達成期限はいっさい口にしなかった」(『中央銀行』563〜564ページ)。
こうした政府からの理不尽極まりないバッシングを一身に浴びながら、それに対して必死の抵抗を試みながら、白川総裁は2月5日に首相官邸を訪れ、4月8日の任期満了を待たずに3月19日に日銀総裁の職を辞することを安倍首相に伝えた。ドル/円相場の方はというと、年末にかけて安倍自民党総裁が「(日銀が2%の物価目標を設定しなかった場合)日銀法を改正してアコードを設ける。雇用についても責任を持ってもらう」とか「円高を是正するのは政府・中央銀行の使命」といった発言をすると、1ドル=85円を上抜け、13年に入っても騰勢は続いた。
黒田バズーカ砲1
 白川日銀総裁退任後、13年3月20日に黒田東彦日銀総裁が誕生したが、その頃までに円安・株高を促す第二次安倍政権のアベノミクスは既に始動しており、ドル/円相場は95.00円を突破、日経平均株価も12000円台を回復していた。当時の筆者はこれほど強力に円安・株高が進むとは予想していなかったが、立場を変えて見ると、それだけ多くの国民が長い間円安を待望していたことの現れでもある。この間の円安については、貿易赤字が定着し経常収支が赤字になったことも材料視されていた。また、あくまでも個人的な推理ではあるが、中国など海外の通貨当局が日本の政治と金融情勢が大きく転換したと判断し、外貨資産に占める円の比率を引き下げた可能性もあるだろう。
黒田氏は3月4日、国会での日銀総裁候補としての所信聴取で、白川日銀の金融緩和では不十分と批判。「あらゆる手段を講じて」「2年くらいで2%の物価上昇率目標を達成することを念頭に大胆に金融緩和していく」と主張して、早速4月4日、日銀総裁就任後最初の決定会合で大胆な金融緩和策を実行に移した。これは黒田氏のかねてからの持論であり、安倍首相の主張を実践した形でもある。「異次元緩和」「黒田バズーカ砲1」とも言われている。
 一応その内容を日銀発表で確認しておくと、「量的・質的金融緩和」の導入について、「消費者物価の前年比上昇率2%の『物価安定の目標』を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する。このため、マネタリーベースおよび長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買入れの平均残存期間を2倍以上に延長するなど、量・質ともに次元の違う金融緩和を行う」というものである。
 黒田日銀総裁は記者会見で「これまでとは次元の違う金融緩和だ。戦力の逐次投入はせず、必要な政策はすべて講じた」と、フリップを使いながら白川前総裁との違いを明確にしていた。「2年で2倍、2%」という分かり易い謳い文句も国民受けした。総裁の表情は自信に満ち溢れていた。これは白川前日銀総裁が必死に抵抗した内容だったこともあり、マーケットの予想を大きく上回るサプライズとなった。このサプライズ効果はこれまでの大規模介入をも上回るほどで、ドル/円相場はわずか1カ月後に100.00円を突破、日経平均株価も15000円超えと、円安・株高が顕著となった。
*****
つまり、こういうことです。
@ 2012年末まで1ドル=100円以下の“超円高”が続き、政財界からの不満は頂点に達していた。
A アベシンゾウは国民のこの円安志向につけこんで、(為替政策の責任は財務省にあるにもかかわらず)“超円高”の責任を白川日銀に被せて政権奪取した。
B そして、白川総裁を石持て追い出し黒田を日銀総裁に任命、円安誘導政策=異次元緩和を実行させた。
(つづく)

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